「望愁」 佐 藤 悟 郎 私が故郷を後にしたのは半年前のこと 都会の人波に揺らぎながら過ごす日々だった 全ての思いを捨て逃れるように発った ある日突然母からの便りが届いた 「貴女に佐藤という方から」 電話に母は嫁に行ったと答えた 私は思い巡らし 急に不安に思った 母への電話も返答は空しく思った 名前を思い出せなかったのだ 色々名前を並べ立て そう知る限りを 「違う」と答える母の声は空しく 私の名前も尽きてしまった 言った人達の名前も空しく 中の誰か 思い惑う中でも 諦めの中に母への言葉 懐かしく昔の声と母は言った 消えそうで 心の中の言葉「悟郎」と 私は信じられぬ言葉が滑らかに口をついた 母は「そうですよ」と答えた 長い私の想い出の心は一瞬止まった 長く消えることのない男の子の名前 母と話すこともできず 心が沈んだ 深い喜びと そして不安が襲ってくる 母の声がすれど 混乱が消えない ただ茫然と私は部屋の片隅で頭を垂れた 「どうしたの 礼子に会いたいって」 私の胸は高鳴り そして苦しくなった 厚い涙が頬を伝わっていくのを感じた
悟郎!悟郎 どこに どうしているの わずかの問いに母は知らないと答えた 熱き望みが遠くへ 急いで去っていく 窓辺に立ち 都会の町を見つめていた 乱れに揺らぐ心は 戸惑いの渦だけだった ただ一人の心の奥に 光が輝いている 求めたい 永久に君を求めたい たとえ手に握れなくとも求めたい 消えゆく人生の ただひとつの光だと 私は故郷に帰ろうと決めて旅立った そこは 昔の影もない 過年の姿だった 誰もが分からない 私の思いを いつしか また 私のところに便りがあると 奥の心を開き 清らかなものへと生まれ 力無き心にも ただ憧れが残った 平成二年一月二十五日 |