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「認識の世界観」

 

佐 藤 悟 郎

 

 

 彼は、世の中のことを考えた。知り得たこと、認めたことの中で、自分が育っていることの確実さを認めた。人生は、まさに認識の中にしかいられない。密室の中では、密室の生活でしかない。

 

 外の風の音、外の景色を無視したなら、そこにある世界は、自分の認識を欠いたなら、まさに風の世界でしかない。不安になる。そして窓を開くと、彼はいつも見慣れた木々や家並み、光が見えた。そして安心した。窓を閉めようとした。

 

 不安が心に流れた。窓を閉めると同時に、下界の様相は一変しているかも知れない。寂寞たる風の世界だけになるのではないか。想像に絶する死の世界、あるいは地獄の世界に変じているのではないか。

 

 彼は、今までにも、そうした感情に囚われたことがあった。妻の部屋を外れた時、果たして妻は、妻の容貌を保って生きているのか、あるいは私が見ていない間は、畜生となっていないか。いや、その存在すら疑わざるを得ない。私が、その対象としている時だけの存在のような気がすると、彼は思うのだった。

 

 人間の強さと弱さは、特に、そこにあると思った。人生は、まさに自分の認識の中にいるだけだ。果たして、生の社会、それ自体が存在するかどうか、本当は疑わしいのだ。

 

 自己が滅びれば、世の中は、それと共に消滅することは疑いないのだ。我々総体を、実在として考えることに、危険を感ずることを、彼は強く思った。自己以外のもの、それは疑わしい存在である。