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   「幻の声」〜一幕演劇〜

                            佐 藤 悟 郎

 

 

  子供達の郷愁を帯びた歌

  村を出た人 いつ帰る
  都の人を 見て帰る
  村の若者 何処さ行く
  都の人さ 見付けに行く

 村の大きな寺の階段、その下の弁天堂を囲う池がある。子供らの夕べの歌が流れてくる。子供達が、バタバタと階段の木々や弁天堂に隠れる。一人の鬼になった子が捜す。

村人

「良太、良太、帰ってきなさい。」

 上の方から声がする。

子供

「俺やめた。」

 子供は、弁天堂の裏から出て、階段を上って消えていく。

村人

「綾子、帰ってきなさい。」

 その子も帰る。

子供

「俺やめた。」
子供

「俺もやめた。」

 隠れていた子が帰って行く。最後に、鬼になっていた里子が残る。

里子

「チェッ、つまらんの。父ちゃんも、兄ちゃんも帰らんけや、詰まらん。」

 池の辺りを行ったり来たりする。ポケットからお手玉を出して、一人で遊んでいる。

竜一

「里子」

 竜一の姿は見えないけれど、呼び声が聞こえる。

里子

「お兄ちゃん。」

 走っていって、階段の下で会う。

竜一

「ただいま。」
里子

「お帰りなさい。」
竜一

「お父さんは。」
里子

「遅くなるって。」

 二人は、弁天堂の方へ行く。

竜一

「じゃ、ちょっと遊んでいくか。」
里子

「隠れんぼうしようよ。」

 竜一が、弁天堂に鞄を置いて、ジャンケンをする。

竜一

「じやぁ、兄ちゃんが隠れるぞ。」

 大木の陰にこっそり行く。里子は、数を数える。あちこち捜し始め、中々見つからず、場から左に消えていく。

竜一

「里子は、おっちょこちょいだよ。見付けられないんだから。」

 階段の上の方から声が聞こえてくる。

竹田

「太田里子という子は、おっちょこちょいですね。」
京子

「そうですか。」

 その声を聞いて、竜一は、そっと身を潜める。

竹田

「だってそうじゃありませんか。君の夢は何だと聞いたら、お馬に乗ったのよ、空を駆けるの。お母さんが呼ぶから、一生懸命になったの。どこにいるか分からないんだもの。雲の中や水の中を捜したの。声が聞こえるけど姿がないの。私もお母さんと叫んだらね、「里子かい」と声がしたの。そんなことを言うものだから、馬鹿だな、みんなが笑っているじゃないか。その夢と違うんだよ。そしたら、あら違うの、目が開いてて見る夢なんかあるのかの。折角だから言っておくがの、お母ちゃんと言ってしがみついたら、頭を一つ、コツンと叩かれて兄ちゃんに怒られた。兄ちゃんの腕にしがみついていたんじゃ。」
竹田

「そう言って、シャァシャァと席に座ったもんだから、もう一度「夢は何か」と聞いたら、「今笑った人の鼻をくすぐってみたいや。先生の鼻に藁を入れてやることや。」と言うのですよ。利口な癖に、少しおっちょこちょい、いや、少したちが悪いのかな。」
京子

「そうかしら。里子ちゃんのことは、小さいときから良く知っているけど。」
竹田

「そうそう、矢田先生は、ここの村の生まれでしたね。」

 話し合いながら、階段の下まで来る。

京子

「そうよ。ここで良く遊んだっけ。里子ちゃんとも、よく遊びましたよ。私が大学へ行くとき小学生でしたよ。今でも里子ちゃんと話をするのが一番楽しい。」
竹田

「矢田先生、里子には特別に親切のようだけど、何かあるのですか。」
京子

「別に、どうしてですか。」
竹田

「それならいいんですが。里子の兄に竜一という高校生がいると聞いたのですが。」
京子

「いますわ。今、町の高校三年生ですわ。」
竹田

「短期大学出られた矢田先生と、年も近いし。」

京子

「そう。三つと違わないわ。」
竹田

「好きなんですね。」
京子

「ええ、好きですわ。どうして。」
竹田

「やっぱり。村の人が言ってましたが、本当なんですね。そうですか。」
京子

「何が。」
竹田

「何が、と言って。分かっているでしょう。里子の兄さんと結婚なさるんでしょう。」
京子

「結婚。うふふ。」

 里子が、いつの間にか、兄が呆然と二人の姿を見ている後ろに、突っ立っている。

竹田

「どうして笑うのです。本当なんでしょう。」
京子

「私だって、年を考えますわ。それに。」
竹田

「それに、何ですか。」
京子

「結婚なんて、考えてもみませんでした。好きだと言っても、良く行き来した家だから、弟のような感じでしたもの。」
竹田

「本当に、そうなんですか。」
京子

「どうして。竹田先生、ちょっとおかしいわ。」
竹田

「今だから言いますが、それが心にかかっていて言いにくかったんです。とても言いにくかったんです。矢田先生が好きなんです。いけないでしょうか。」

 京子は、首を横に振る。

京子

「いけないことなんか、ありませんわ。」
竹田

「じゃ、矢田先生、結婚してください。」
京子

「急に言われても。でも良く考えますわ。」
竹田

「本当ですよ。良い返事をください。」

 竹田が帰っていこうとする。

京子

「お送りしますわ。」
竹田

「いいんです。きっと決心してください。」
京子

「やっぱり、そこまでお送りしますわ。」

 二人が消えていく。木の陰にいた兄妹が、無言のまま出てくる。

京子

「竹田先生って、無視の好かん先生よ。大嫌い。」
竜一

「そうかい。」

 竜一は、寂しそうに、そう答える。

里子

「京子姉ちゃん、お嫁に行くのかしら。」
竜一

「行ってしまえばいいだろう。」
里子

「兄ちゃん、竜一兄ちゃん。本当にいいの。京子姉ちゃんがお嫁に行っていいの。竹田先生なんかに取られていいの。」
竜一

「行きたいというなら、いいだろう。」
里子

「京子姉ちゃんは、竜一兄ちゃんのお嫁さんや。」
竜一

「馬鹿を言うな。」

 里子は、がっかり肩を落として、しょげかえる。

里子

「京子姉ちゃんがいなくなると、寂しいね。」
竜一

「仕方ないだろう。」

 しょんぼりして二人は、池を見つめる。京子と京子の母の声が聞こえる。

里子

「京子姉ちゃーん。」

 里子は、京子に駆け寄って抱きつく。

京子

「里子ちゃん、どうしたの。泣いたりして。」
京子の母

「この子は、どうしたのだよ。里子ちゃんどうしたのだえ。」

 里子は泣き続ける。暫くして京子から離れて、京子をじっと見つめる。

里子

「京子姉ちゃん。みんなきいてしもうたんや。あの虫の好かん先生と話していたのを、全部聞いてしもうたんや。」
京子の母

「里子ちゃん、虫の好かん先生って、竹田先生のことかい。」
里子

「そうや。京子姉ちゃんは、あの先生と、いちゃいちゃして、デレっとしていたんだ。」
京子の母

「京子、本当かい。何を話したんや。」

 京子は俯いてしまう。京子の母は、里子に話す。

京子の母

「里子ちゃん、どんなことでデレデレ話していたの。」
里子

「竹田先生がね、姉ちゃんのことを嫁にくれと言うのよ。そしたら、姉ちゃんは、「考えてみますわ」と笑うのよ。デレデレしてやってさ。」

 京子の母は、京子に向かって言う。

京子の母

「いい話じゃないか。どうだい、承知したら。」
里子

「姉ちゃん、駄目だよ。京子姉ちゃんは、竜一兄ちゃんのお嫁さんになるんだ。」
京子の母

「里子ちゃん、馬鹿なこと言うでないよ。」
里子

「だって、うちの父ちゃんが言っていたよ。京子姉ちゃんは、私の本当の姉ちゃんになるんだって。」
京子の母

「何を言ってるの。お前の父ちゃんが、勝手に言いふらしていることじゃないか。」
里子

「そんなこと言ったって、京子姉ちゃんは、竜一 兄ちゃんのこと好きなんじゃ。だから、お嫁さんになってくれるんじゃ。」
京子の母

「里子、好い加減のことを言うと承知しないよ。竜一さん、それは良い人だよ。でも、京子より年下じゃないか。」
里子

「いいじゃないか。」
京子の母

「なにがいいか。京子が、お前の兄さんの嫁になったら、苦しい思いをするんじゃないか。」
里子

「おばさん、私はいっこうに構わない。」
京子の母

「馬鹿、お前のことじゃない。第一、世間様の物笑いになるじゃろ。」
里子

「私は、それでもいいよ。」
京子の母

「お前は、聞き分けのない女だよ。そんなことしたら、世間体が悪くていかん。」
里子

「くそ婆、何ぬかす。」

 それに構わず、京子の母は、京子に向かって言う。

京子の母

「いいかい、竜一さんの嫁さんになることなんて、駄目だよ。」

 京子は、母に向かって頷く。

里子

「京子姉ちゃん、駄目だってば。あんなゲジゲジ先生のとこ嫁に行っちゃ。」
京子

「里子ちゃん、京子姉ちゃんが、もっと遅く生まれたらよかったんよ。お母さんの言うとおりにするわ。」
里子

「姉ちゃんがそう言うなら、しょうがないな。」

 里子は、京子と京子の母から後ずさりしながら離れていく。

里子

「姉ちゃんは弱虫だけど、いなくなると寂しいな。」
里子

「ゲジゲジってね、いっぱい足があるのよ。それでいてのろいのよ。ゴキブリってね、羽があるのよ。それでいて余り飛べないのよ。ゲジゲジもゴキブリも、とっても湿ったところが好きなのよ。欲張りの癖に、いっぱい歩けないの。何も見えないのよ。ゲジゲジとゴキブリ合わせて、ゲジブリ亭主ね。」
京子の母

「こら、里子、何を言うんだ。」
里子

「京子姉ちゃんは、ゲジブリ亭主に一生働くがいいわ。何かあると、こそこそ逃げる格好が、よく似てるわ。」
京子の母

「もう承知せんからな。さあ、待ってろ。」

 京子の母が、里子を追いかけていく。里子は、逃げながら時々振り向く。

里子

「くそ婆、やーい、ネズミになって追いかけておいで。」
京子の母

「このアバタレ女め。」

 京子の母が、階段を上ろうとして転ぶ。

京子

「お母さん、もう止してよ。」
京子の母

「いゃ、かんべんならん。」
里子

「ダルマさん、ほら起きて。追いついたら、ゲジゲジでも食わせてやらあ。」

 里子と京子の母は消えていく。京子は弁天堂の方に行き、鞄を見付ける。

京子

「竜一さん、いるの。竜一さん、出てきて。」
竜一

「出ていっても、どうにもなることではないさ。」
京子

「じゃー、私が行くわ。待っててね。」

 京子は堂に上がり、堂の裏の方に行く。竜一は、反対の表の方に回る。二人は、子供のように堂の周りをぐるぐる回る。二人は、堂の角から顔を出し、しばらくの間見つめ合う。

京子

「どうして逃げるの。」
竜一

「分からん。京子さんが追いかけてくるからだろう。」

 また、京子が追いかける。竜一が逃げる。京子は諦めて弁天堂から下りる。弁天堂に向かって京子は言う。

京子

「竜一さん聞いて。今、貴方を追いかけ回して、子供の頃が懐かしくなったわ。子供の頃のままだったら、きっと良かったのよ。」
京子

「でも、私が三つも年上よね。それに、私は若いわ。私の心が変わってはいけないの。」
竜一

「いけないことなんかないよ。京子さんが、幸福になれるならね。」
京子

「私は若いのよ。だから、まだ結婚なんて考えてもいないの。そのうちに、きっと幸せにしてくれる人が現れる。その人の胸に飛び込むわ。」
竜一

「京子さん。きっと幸せになるんだよ。」
京子

「竜一さん、有難う。来年から町の学校の先生になると思う。でも、竜一さんのこと忘れないわ。」

竜一

「私も、京子さんのことは、忘れないと思うな。」
京子

「五年経ったら、もう一度、ここで会いましょう。」
竜一

「どうして。」
京子

「竜一さんのような人、誰も現れなかったら困るもの。」
竜一

「きっと見つかるよ。」
京子

「有難う。じゃ、私帰るわ。」

 京子は俯いて、立ち止まってじっと何かを待っている。竜一が出てくる。二人は見つめ合う。

京子

「帰るわ。」
竜一

「さようなら。」
京子

「さようなら。」

 京子は、竜一に対して、深くゆっくりした丁寧なお辞儀をする。
 京子が去って行く。京子が階段を上り始める頃、音楽が流れてくる。
 寂しいハーミングが流れる。
  低い音で「ウ、ウ、ウー、ウー」
  高い音で「ア、ア、アー、アー」
 ハーミングが細くなる中に、次の歌が流れてくる。
  
  去りゆける 君が姿に
  愁いに沈む
  寂しさに心沈む
  幾とせ後の誓いを頼み
  この愁いをつなぐ
  一つ残りし この秋に
  一つ落ちる 落ち葉さえ
  この風は耐えがたき
  吾が瞳の 君の姿
  いつの世にも果てなきと
  いつの世にも忘れじと

 突然、里子と京子の母の声が聞こえてくる。

京子の母

「このアバタ女め、捕まえたぞ。」
里子

「くそ婆、アバタなんかないわ。」
京子の母

「口の減らん餓鬼じゃな。」
里子

「京子姉ちゃんを、他に嫁にやったら承知せんぞ。姉ちゃんはな。」
京子の母

「何を言う。誰が年下の竜一にやれるか。」

 京子の母が、里子に向かって手を上げる。

里子

「京子姉ちゃんは、竜一兄ちゃんが好きなんじゃ。」
京子の母

「まだ言うか。このアマめ。」

 京子の母が、里子を叩く。

里子

「ちっとも痛くないわ。」

 京子の母が、また叩こうとして、手を止める。

里子

「叩かんかい。よぼよぼ婆。」

 竜一が、鞄を持って二人に近づいてくる。京子の母は、竜一に気付かず、里子から手を離して後ずさりする。

京子の母

「里子ちゃんご免よ。みんな私が悪いんだよ。」
里子

「違うわい。京子姉ちゃんと竜一兄ちゃんが悪いんだ。」
京子の母

「この婆が悪いんだよ。」
里子

「ああ、そうかい。おばさんが悪いんだ。村の人が悪いんだ。」
京子の母

「里子ちゃん、勘弁してくれる。お父ちゃんにも、勘弁してくれと言ってくれな。」

 京子の母は、そう言って振り向いて帰ろうとする。その時、竜一が近くに来ているのに気付く。京子の母は、竜一に丁寧にお辞儀をして、急いで階段を上る。途中で躓いて転ぶ。

竜一

「おばさん、大丈夫か。手を貸すよ。」

 竜一が、階段を上ろうとする。

京子の母

「竜一坊ちゃま、来てはいけないだ。」

 京子の母は、よろよろして起き上がって去って行く。その姿が消え去らぬうちに、里子が叫ぶ。

里子

「意地悪婆、京子姉ちゃんを、竜一兄ちゃんに取られんように、柱に縛りつけておくがいい。」

 里子の声は、泣き声のようになっていく。

竜一

「里子、もういいんだよ。」

 座り込んで泣いている里子を、竜一は抱き起こしてやる。

竜一

「里子、お前はいくつだ。」
里子

「十五よ。」
竜一

「俺は十八だよ。京子さんは二十一だよ。」
里子

「たった三つじゃないの。」
竜一

「里子も、俺も、京子さんも、まだ若いんだ。ゆっくり考えようよ。結婚を考えるなんて、本当に早過ぎることなんだよ。」
里子

「兄ちゃんは、京子姉ちゃんが好きなんでしょう。」

 竜一は頷く。

里子

「早く約束しなければ、誰かに取られてしまう。」
竜一

「そうしたら、京子姉ちゃんのような人を捜すさ。」
里子

「嫌よ。京子姉ちゃんじゃなきゃ。」

 二人は、舞台から消えていく。
 日が落ちて暗くなる。
 その中に弁天堂だけが浮かんでいる。

(朗読)
 この日、日は暮れて、この秋は過ぎた。
 竜一は大学生になり、そして卒業した。
 里子は女子短期大学に入学した。
 
 霧が地上を這う。里子と竜一が弁天堂で京子を待っている。

里子

「もう、日も暮れてきたわ。京子姉さん、遅いわ。」
竜一

「きっと、良い人見付けたんだよ。」
里子

「兄さん、京子さんが来たら、どうする。」
竜一

「幸せにしてやるよ。」
里子

「きっと来るわよね。」

 竜一は、無言。

里子

「雨が降ってきたわ。」

 竜一は、無言。

里子

「待つの、兄さん。」

 竜一は、無言。

里子

「きっと、良い人見付けて、幸せに暮らしているのよ。」
竜一

「そうだと良いんだがね。」

 二人は、しょげかえり、しょんぼりしている。
 辺り一面に、スーと現れて消えるように

(声)「竜一さーん。」

里子

「京子姉さんの声だわ。」

 里子は飛び上がって見渡す。

里子

「お姉ちゃーん。」

 里子が叫んだが、返事がない。

里子

「兄さん、確かに京子さんの声よ。」

 竜一は、黙っている。

里子

「お兄さん。どうしたの。」
竜一

「里子、帰ろう。」
里子

「京子姉さんが来るわ。声がしたもの。」
竜一

「来やしない。」
里子

「だって、声がしたじゃないか。」
竜一

「分からないのか。あれは、幻の声なんだ。」
里子

「幻の声だって。」
竜一

「京子さんは、死んでしまったのかも知れないよ。」
里子

「京子姉ちゃんが死ぬなんて、嘘、嘘よ。」

 二人は黙ってしまう。少し経って、また声がする。声は、憂いと哀しみを含んだ声。

(声)「竜一さーん。許してね。」

 竜一は、その声を聞いて泣き崩れる。

竜一

「京子の、馬鹿。」
里子

「姉ちゃーん。どこにいるの。」

 里子は、あちこち駆け回って、三回ほど叫ぶ。

里子

「お姉ちゃんの馬鹿。」

 里子も、激しく泣き崩れる。泣き疲れて、漸く立ち上がる。

里子

「京子姉ちゃん。京子姉ちゃん。」

 里子は、何回も、たわごとのように言う。そして、そっと竜一の方を見る。竜一の、如何にも静かな、寂しい声が聞こえる。
 里子が、竜一の方に近寄っていくと、竜一が急に興奮した声で言う。

竜一

「京子、若過ぎると言った私が悪かった。考えることは、人生を教えてくれない。心は人生のあやだ。君にだけは、心だけで、心だけでいれば良かったのだ。京子、君だって、そうすれば良かったんだ。幼い頃の心のようにだ。」

 竜一は、少し落ち着いてくる。寂しそうに、落ちるように言う。

竜一

「京子、もう私には、君を偲ぶことしかできなくなったよ。もう一度、もう一度でいい、お前の姿が見たいな。」

 里子は、気落ちした竜一を抱き起こそうとする。中々、起き上がらない。

里子

「お兄さん、帰りましょう。」

 漸く立ち上がった竜一は、里子に抱かれるようにして弁天堂の前から離れていく。二人が階段の中程まで登った頃、声がする。

(声)

「竜一さーん。」

 竜一と里子は振り返って、去りがたいように、じっと弁天堂の方を見つめている。

 幕が下りる。

               (終わり)