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「単身赴任」

 

                         新潟梧桐文庫 佐藤悟郎

 

 

 彼は、中央官庁に勤める高級官僚であり、妻子もある四十半ばの男である。子供二人の学校教育があり、春の地方への異動では、単身赴任となった。地方回りは、二年という期間が慣例となっていた。家庭から遠く離れた生活は、彼にとって寂しいものだった。

 彼は、新しい赴任地の公舎に住んだ。毎日の仕事は忙しく、生活はだらしないものとなった。ある日、部下の若い女性達が訪れ、彼の部屋の掃除をし、夕食まで作り一緒に食べていった。彼は、異性の躍動に見惚れ、大切な時をしっかりと過ごさなければならないと思った。

 

 夏の盛りの頃になると、彼の生活も落ち着き、気軽に外へ出歩くことができるようになった。部屋も清潔に整え、毎日、自分のやりたい文学の道に励んでいた。妻が、夏休みに短い期間であるが訪れ、意外と几帳面な彼の生活を驚きをもって口にした。しかし、妻は彼に対し冷淡な態度をも示していた。彼はそれが人生の寂しさであり、家庭に戻れば消えることなのだと思っていた。

 

 三十にも近い職場の女性事務員が、彼に好意を寄せていることを知っていた。彼には、妻帯者に近寄りたがる女性の心は、理解できなかった。年も明けた頃になって、彼の下の子が、大学に無事入学できることを知り、彼は喜んだ。それと同じ頃、突然に、妻が浮気をしていることを、彼は耳にした。

 

 彼は、信ずることができず、ある休日に家に戻った。妻は冷淡であり、その事実についても認めたのである。妻の言い分は、彼が家にも帰らず、浮気をしているからだということだった。彼は深く悲しんだ。彼は、妻の家の婿でしかなかった。

 

 彼は、赴任地の公舎に戻ると、人間の在り方ということについて考えた。人間には、守るべき道があると思った。しかしながら、人間が好きな者と契りを交わすということは、自由であるべきとも思った。まもなく届いた離婚届けに、彼は署名をし、送られてきた家財等を甘受した。子供達は、母親の下で育てられることになり、彼は過ちがなく育つことを願うばかりであった。

 

 妻に許した自由は、彼自身には認めることはできなかった。彼が離婚をしたことを知ると、好意を寄せていた事務員はもちろん、他の女性教師や独身の立派な女性達は、彼を求めた。彼は全てを拒否し、二年を迎えて再び中央官庁の要職に就任した。

 

 彼は、文学の世界で名を挙げるようになった。それとともに、子供達が彼のところへ訪れることが多くなった。彼は、子供を愛し、子供と共に時を過ごすことを楽しみにしていた。そして彼は、不治の病に倒れ、病床に伏してしまった。息絶える日、彼の目には、子供達とその母の姿を見ることができた。その母に手を差し延べ、その母に手を握られながらこの世を去っていった。