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「緑の楓葉」

 

               新潟梧桐文庫 佐藤悟郎

 

 

 君は、歌がうまく、教養のある生徒である。私は、みすぼらしい姿をしている、教養もない生徒である。けれど私は、君より劣っているとは思っていない。私がこの土地の学校に転校してきた時、すぐ君の姿を印象深く目に止めた。君は、小さな子供達を連れ、いたわるように歩いていた。君は、人の目に付きやすいほど美しい生徒だった。君が男を選ぶ権利があると思うと、私の心から君は遠ざかっていくように感ずるのだった。

 

 そして月日が流れ、私が高校に進学して、冬も近い頃だった。私が市の図書館へ行くと、君は二・三人の友達と語り合いながら勉強をしていた。私は、懐かしい思いを抱き見つめていた。君は、私の方に静かに目を流し、机上に目を落とした。

 

 君は、私と同じ高校に進学し、音楽に親しんでいた。私は、いつの間にか、君の歌声をはっきりと分別できるようになった。風の音を聞き、川の流れの音を聞き、夜空の月の光を見て、君の歌声を思うようになった。そして、風に向かい、川に佇み、丘に登り、君の姿を思うようになった。私は、中学生の時に学んだ貧弱な知識を基礎に、私の詩に旋律を付けて歌っていた。他人に聞かせるようなものではなかった。

 

 その年の秋、私は、暗い心から這い出そうと必死だった。そんな心で、杉の並木道を歩いている時、君が向かいから歩いてきたのだ。私は、すぐに君だと分かった。君は、俯いて歩いてきた。君は、私に気付いていないのだと思った。私も俯き、お互いが俯いて近付いていった。君の心に、私の姿がある訳でもなく、無視されている学生だと思っていた。私は、顔を上げ、君を見つめながら歩くことにした。平気を装って通り過ぎようとしたが、私の心は乱れた。間近になって、突然、君は顔を上げて私を見つめた。何か、覚悟をしたような、落ち着いた表情だった。私は、走って逃げ出してしまった。ノートを落としたのに気付いたのは後だった。

 冷たい風の吹く季節になった。私は自分の能力を信じ、音楽らしいものを作って君に見せた。

「これ、ちょっとも曲になっていませんわ。」

みすぼらしい姿の私に、君は怒ったように横を向いて歩きだした。

「どうしたの。」

私が尋ねても君は答えず、ただ歩き続けるだけだった。