リンク:TOPpage 新潟梧桐文庫集 新潟の風景 手記・雑記集



「山奥の変わり者」

 

               佐 藤 悟 郎

 

 

 戦国時代も終わりに近いころ、その山の麓の集落の人々の間に、山の奥には呪われた家があるという評判があった。人々は、決して山奥に入ろうとはしなかった。山奥の呪われた家の人達も、人里に降りることもなく、ひっそりと暮らしていた。その家には、老婆と美しい娘と美しい男が棲んでいた。そしてもう一人、押し黙った大男の変わり者がいた。

 その変わり者は、村の中で自分の父親を殺し、捕らえようとする多くの村人をも殺した。狂っていたのだろう、父親が死んでいるのを見つめ、亡骸を抱え、山の中へと行き、呪われた家に入ってしまった。

 

 不作の続く中で、村人達は、領主から何もかも徴発され、着の身着のままで寒い冬を迎えた。薪も絶えた頃、村の鎮守の社に、多くの薪や山の木の実が積まれているのを、村人達は見つけた。それらが無くなりそうになると、一夜のうちに新しく薪や木の実が届き、村の人達はその冬を過ごすことができた。

 

 春になって、隣国との争いが起こった。隣国の将兵が村に入り、村は合戦場となった。村人達は、逃げ場も無く、武士達に全てを奪われ、家を捨てて山の中に入った。それは、呪いの家の近くの山奥だった。村人達は、山がたいそう美しく、道も開けて整っていることに驚いた。大勢の村人達は、呪いの家の庭にこわごわ入った。広い庭には、多くの小屋があり、村人達はその小屋に住み着いた。村人達は、山間の畑を耕し、秋に多くの実りを収穫でき、心豊に暮らしていた。呪われた家の変わり者の姿は見えず、美しい兄と妹、そして笑顔を絶やすことのない老婆の姿があった。

 

 ところがある時、戦いに敗れ、追われた隣国の武士達が群れをなして奥山に入ってきた。呪われた家の広い庭に入り込み、乱暴をしょうとした時、地面も揺るがすような、轟きとも呻きとも聞こえる声が響いた。

「こら待て。村人に手を触れるな。」

声がしたかと思うと、呪われた家から、大男の変わり者が庭に躍り出てきた。変わり者は、顔が隠れる程に髪が伸び、裸足のまま右手に大長刀を持ち、仁王立ちになって武士達の前に立ちはだかった。そして変わり者は、大長刀を振り回し、武士達を庭から追い払うと、山の野辺で大勢の武士達と争いを始めた。

 

 武士達は、逃げる者を除いて、全て変わり者に切り殺されてしまった。屍は多くあったが、変わり者は屍を担ぎ、何処となく運び去り、それが終わると二度と村人達の前には現れなくなった。そして武士達も変わり者を恐れ、決して山に入ることはなかった。