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「数学の期末テスト」
新潟梧桐文庫 佐藤悟郎
私は、数学担当の教師である。卒業間近になると生徒達の心も緩み、授業に身が入らなくなる。特に数学は、本気でやろうという生徒は少なくなる。
私は、数学教師になって、十数年経っている。時々思い出すことがある。それは、事件めいたことではない。私の心に著しい変化を及ぼすことだった。
数学教師となって、四年程経った時のことである。卒業間近のテストの採点をするのは、不愉快だった。生徒達のやる気のなさが、不満だったのである。授業中、生徒達はこそこそ話し、本気で授業を受けている様子はない。問題を与えれば、手も足も出ない。
そんなことから、私は生徒を愚弄するようになった。そして、学期末テストを迎え、試験の立ち会いをした。その時見た数学の答案はひどいものだった。 「あんな簡単なのが分からんのかなあ。ねえ、野口先生、そうだろう。順列なんか。」 隣の野口先生に問いかけたが、彼は黙って返事もしなかった。その頃の私は、慢心していた。生徒の全てを馬鹿にし、見下げていたのだ。
生徒というのは、勉強ができない。そんな思いが、私の頭にはびこっていた。それは、教師としての喜びの喪失でもあった。その反動もあって、卒業間近のテストでは、誰にも解けないような難しい問題を出したのである。 「ザマ見やがれ。」 私は、採点をしていて、生徒達のさんざんな答案を見て、馬鹿にするように笑ったのである。
そんな中で、満点近い点を取っている答案があった。その生徒は、一年生から三年生まで、私が教えた生徒だった。私が最も馬鹿と思っていた生徒の一人だった。何故、そんな生徒が満点近い点を取ったのか、不思議に思った。
私は、生徒達を責め、そして答案用紙を教壇まで、一人ひとり取りに来るように言った。良い成績の者には、特に点数を全員に教えた。最高点だった彼に、答案用紙を返した。彼の点数を聞くと、教室内は一時騒然としたが、彼に嬉しそうな様子はなかった。
学校の帰る途中で、私はその生徒にあった。 「お前、ひどくテストの成績がよかったな。」 私は、そう言って言葉をかけた。彼の返事は、思いもよらないものだった。 「あんな簡単な問題が解らないなんて、馬鹿ですよ。」 まるで他の生徒を小馬鹿にするような口調だった。そして、その生徒の言葉は、常に私が心の中で口にしていた言葉だった。
私は、その生徒と別れ、考えながら歩いた。そして勉強の成績が、生徒達の全てでないと思った。別れた生徒は、高慢さから出た言葉でなかったにしろ、私はひどく嫌いになった。
私は、生徒達とどんな心で対し、どんな言葉を浴びせてきたかを思い返し、恥ずかしく思った。それまでの私の態度は、果たして生徒達が私を教師として仰いだのか疑いを持った。その答えは「否」であることは、疑う余地がなかった。
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