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「友の家」

 

新潟梧桐文庫 佐藤悟郎

 

 

 初夏の緑がいよいよ濃くなったころ、懐かしい友の家を目指した。そこには、きっと友の妹の姿があるはずだと彼は思った。友の家を訪ねると、生憎、友は留守だった。彼は、近くの川の堤を歩いた。昼下がりのころ、若草に寝転び、空を仰いだ。川原で遊ぶ子供達の声が聞こえた。彼は、飽きることなく子供達を見つめた。彼も、同じ遊びをして過ごしたことがあったのだ。

 

 故あって、彼の家族はこの地を去った。そして数年が過ぎ、前触れもなく懐かしさに誘われるように訪れたのである。風の便りで友が大学を卒業し、家業を継いだのを知っていた。友の妹は、才媛の誉れも高い美しい女性だった。幼いころから彼に慣れ、美しい目はいつも彼に向いていた。

 

 思いを巡らし、時が経ち、彼は再び友の家を訪ねた。玄関に現れたのは、友の母だった。友の母は、友もその妹もいないと言った。そして家の中へ招いてはくれなかった。友は、帰ってこないとも言った。彼は、うらぶれた心で友の家を後にした。

 

 懐かしい友の母、いつも優しく家に迎え入れてくれた母だった。彼だと知っても、家に招こうとしなかった。彼は、川の堤を歩いた。

 

 彼は、突然に声を掛けられた。そこには、友の妹の姿があった。ふたりは語らい歩み、友の妹は彼に家に寄るように誘った。

「帰る時間なんです。」

そう言って、彼は友の妹と別れた。彼は、寂しい思いを胸に抱き、二度と訪れることもないだろうと思った。嘘をついた友の母に会うことができなかったのである。

 

 ある日、彼は新聞で友の父が死亡したことを知った。病死だった。その時、彼は友の母が、彼を家に招かなかった理由を知ったのである。

 

 彼は、告別式に訪れた。友の母や友の妹、そして友の姿を静かに見つめた。焼香をして深く頭を下げ、彼は立ち去った。