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「私の許婚」

 

新潟梧桐文庫 佐藤悟郎

 

 

 私の父が死んでから八年になる。父の墓は、父の生まれ故郷にあった。この年、私は父の生まれ故郷を訪れ、初めて父の墓参りをした。

 父の生家は農家で、昔の庄屋筋の家で家は古く、庭は広くて美しいものだった。しかし、父の墓を前にして、唖然としてしまった。墓標くらいはあると思っていたのに、土を盛っただけの貧しい墓だった。それでも野に咲く花、庭の花などの花束が供えられていた。

 母と一緒に墓参りを済ませると、母は言った。

「これから甚助の家に寄っていこうか。」

どうも父の兄弟の家らしかった。私は、母の後に従い、あちこちの家を見ながら歩いた。

「この辺の家だったんだがな。」

母はそう言いながら、生垣越しにその家を覗いた。色とりどりの花が多く咲き乱れている庭のある家だった。その家の縁側に、白地に薄青の模様の着物を着た、髪の長い娘がいるのが見えた。

 母は戸惑いを見せて、

「違ったかな。」

と言うと、その家の脇を通り過ぎた。周囲を見渡し、再び引き返して、また生垣越しにその家を覗いた。

「やっぱりここだ。間違いないよ。」

私と母は玄関に入った。玄関に入ると、さっき生垣越しに見た娘が、縁側から居間を通って逃げるように奥へと姿を消すのを、透かし屏風から見えた。

 居間に上がると暫くの間、その家の母と祖母、それに私の母で世間話をしているようだった。訛りが強く、私には何を話しているのか分からなかった。そのうちに三人の目が私に向いた。

「そう会。これが末の子かい。」

「大きくなったねえ。」

その家の母と祖母が言った。そして、祖母がゆっくりと言った。

「いい若い衆になったもんじゃ。そろそろ、のう、嫁を貰わにゃならんのう。」

私は祖母を見て、少しはにかんで笑って見せた。奥にいる娘は、なにやら針仕事をしている様子だった。

 私は母と連れ立って、その家を出た。父の生家へと向かうとき、また生垣越しにその家を覗いた。その家の娘は、縁側に出て私を見つめているようだった。母は歩きながら、ぽつんと言った。

「あの娘のことを覚えているか。」

私は首を横に振って、黙って歩いた。

「お前の嫁になるって張り切っているってさ。お前の許婚なんだよ。」

私は、母の後ろ姿を見つめた。静かだった。私は、そうであれば何故娘が居間に出てきて会ってくれなかったのかと思った。