リンク:TOPpage 新潟梧桐文庫集 新潟の風景 手記・雑記集 「熊野若宮様」
佐 藤 悟 郎
その町に、熊野若宮神社がありました。毎年、九月になると祭礼が行われ、町は賑やかになります。
月影組の新吉という男がいました。熊野若宮神社によくお参りをしていました。それが昨年の祭りで、龍神組に襲われ、大怪我をしました。痛みを堪えて神社にお参りをしていたのです。ある日、とうとう新吉は、神社の前で死んでしまいました。
今年の祭りでは、月影組は新吉の敵討ちをしようと考えました。ところが龍神組には悪人がいたのです。思案がまとまらないまま、祭礼を迎えました。月影組と龍神組が向かい合い、最初は月影組が挨拶をし、続いて龍神組が挨拶をしました。龍神組が挨拶をしている時、俄に周りの見通しが効かなくなるほどの強い雨が降りました。龍神組の挨拶が終わると雨は上がり、月影組の方を見ると引き縄の中に、猿の仮面を付け、鮮やかな法被を着た若者がおりました。
急に龍神組の若者が、月影組の猿の面を着けた若者に襲いかかりました。猿の面を付けた若者は、手や足を使って近づく者達を一撃で、次から次へと倒していきました。地面に倒れた龍神組の若者達は、倒れたまま起き上がることはできませんでした。猿の面を付けた若者は、龍神組の山車の方に歩き出しました。悪者が仁王立ちになって、前を塞ぎ殴り掛かったのですが、一瞬の内に猿の面を付けた若者は、悪者の顔面を殴り、腹を蹴り付けたのです。悪者は、地面に打ち付けられ、立ち上がることはできませんでした。
猿の面を付けた若者は、前に進み龍神組の山車の前で立ち止まり、猿の面を外しました。面の下から美しい若者の顔が見えたのです。美しい若者は、猿の面を上空に投げ上げました。不思議なことに猿の面は、落ちてきませんでした。美しい若者は、龍神組の者達に言いました。 「龍神組、お前達は祭りを祝う者ではない。山車もお前達も、直ぐにこの場所から消えなさい。」 一部の者達は、美しい若者に殴り掛かったのですが、直ぐ打ちのめされ、龍神組の人々の中や山車に向かって投げつけられたのです。龍神組の者達は、恐ろしくなって山車を置いたまま逃げ出しました。
美しい若者は、山車を前から後ろに押したのです。山車は、勢いよく後ろへと走っていきました。山車は、逃げ出した龍神組の人達を押し潰し、轢き潰しながら走り、通りの行き止まりまで行って漸く止まりました。山車の下から炎が上がり、山車は炎に包まれました。その火は、水をかけても消すことはできませんでした。
美しい若者は、向きを変えて倒れている龍神組の悪者を持ち上げ、首を絞めました。更に、顔を正面から殴ると、悪者の顔は潰れてしまいました。ぐったりとなった悪者を地べたに投げ捨てると、悪者の下からじわじわと炎が上がり始めました。悪者は、両手を突き出し、体を縮めながら炎に包まれていきました。
美しい若者は、立ち塞がる人々を次々と殴り倒しながら、通りを歩いていきました。見物人は、ぞろぞろと美しい若者の後をついて行きました。美しい若者は、熊野若宮神社の境内を歩き、神社の階段を上り御神体の前で振り向くと、微笑みを浮かべスーと御神体に吸い込まれるように消えていきました。人々は、美しい若者が熊野若宮様だと分かったのでした。
道で倒れた人々は、体の怪我が嘘のように消えて立ち上がりました。しかし、火に包まれた悪者と山車は、一晩中燃え続けて灰となりました。最初に襲った龍神組の者達も、体は幾らか治ったのですが、足や腕、それに体や顔の傷が残り、長い間痛みが消えることはありませんでした。
人々は、若宮様が正しく明るい祭りを望んでいることを知りました。祭りの中に悪者を入れないこと、喧嘩をしないことなどを取り決めました。
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