リンク:TOPpage 新潟梧桐文庫集 新潟の風景 手記・雑記集
「雪の中」(その一) 佐 藤 悟 郎
(その一) (その二) (その三)
それは寒い冬の日だった。幸子は部屋の窓の障子戸を開けた。青空が見え、窓から見える公園には雪が積もっていた。小学生なのだろう、子供たちが十数人遊んでいた。雪だるまを作っている者、雪玉を投げ合っている者、楽しそうに遊んでいるのを幸子は見つめた。子供等が遊ぶのを見て幸子は、雪国の小学校で過ごした、ある事を思い出していた。
私が通った小学校の周りには、酒や醤油の醸造所があり、歴史も古い良く整備のされた小学校でした。私は雪が多く降った日にはグラウンドに出て遊びたかったのです。でも、誰も校舎から出ようとはせず、おのずと道もついていないのです。私は廊下の窓からグラウンドを見つめ、ただ詰まらないと思っていたのです。
「幸ちゃん、何を見てるんだ。」 私に近寄って来た秀紀君が私に尋ねたのです。私は何気なく秀紀君に言ったのです。 「グランドに遊びに行かない。」
級長の秀紀君は即座に答えました。 「駄目だよ。寒いし、もう午後の授業だよ。」
私は秀紀君の言葉を聞き流し、両肘をついて両手で顔を抱えそのまま外を見ていました。その時です、突然一人の男の子が体育館のドアーを開けると、いきなりグラウンドの雪の中に飛び出したのです。道をつけるのでもなく、裸足で雪の中を校舎から離れるように這いずり回っているのです。
「秀紀君、あれ誰かしら。あら、転んじゃって雪ダルマよ。」 「定だよ。きっと定男だよ。」
私は雪の中に飛び出したときから定男君だと分かっていたのですが、知らぬ振りして秀紀君に聞いたのです。定男君は喧嘩がとても強く、気が優しいのですが、そう成績も目立つほど良くなく、おっちょこちょいのところがあるのです。友達も出来の悪い人が多く、いわゆる馬鹿仲間扱いをされていたのです。
定男君が秀紀君より相当馬鹿であっても、喧嘩の強い定男君はさっぱりしており好感を抱いていました。私も学級委員をしており、成績の良い秀紀君の仲間でしたので、定男君を避け余り話しもしなかったのです。
そうそう、二〜三週間も前のこと、私と秀紀君が一緒に歩いていると、定男君が冷やかしたので、私が先生に言い付けると、酷く定男君は先生に叱られてしまったのです。それから、一度も口をきいていませんでしたし、またその必要もなかったのです。
午後からの時間が始まると、私と秀紀君は、一緒に教室に入りました。先生が教室に来ても、まだ定男君は教室に入っていなかったのです。暫くして、定男君はそっと戸を引いて、上目遣いに首を垂れていたのです。
「定、入って来いよ。」
担任の木元先生は、呆れたのか、笑いながら言ったのです。先生は、定男君をストーブの側に立たせ、定男君はストーブに当たりながら上を見ていたのです。足下のズボンから湯気が上がっていました。先生は、難しい問題を出しました。勿論、誰も分かる様子がありませんでした。私は副級長で、秀紀君は級長だったのです。私と秀紀君は、成績がよいと皆の前で褒められたことがあったのです。先生は、平気な顔して煙草を吸い始めたのです。
私は、ストーブのすぐ前、一番前の机に座っていました。だから、私のすぐ前には、上を見ている定男君が立っていたのです。
「定男、ストーブに石炭入れろ。」
木元先生に言われるがままに定男君は、石炭入れの柄に手をかけました。私は問題が分からなくて、嫌気が差してストーブの下を見ていました。先生が定男君に石炭を入れるようにと言った声で、目を定男君の方に向けました。私は、小声で定男君に言ったのです。
「石炭を、余りいっぱい入れないで。」
定男君は、黙ってスコップに一杯入れると、私を睨みました。私は両手を頬杖して睨み返しました。そうすると、定男君は少し微笑んだかと思うと、石炭を一杯、二杯、三杯と続けざまに入れ、ストーブが一杯になるまで石炭を入れたのです。石炭を入れ終わると定男君は、平気な顔して、済まして私の机の前で、横向きになって当たっているのです。
「分かった者いるか。おい秀紀、どうだ。」 突然のその声で、私は先生の方を見た。先生は、秀紀が駄目らしいと思うと、顔を私の方に向けました。
「熱い。ストーブ、とても熱いわ。」 そう言いながら、先生の目を逃れたのです。そして後ろを向いて 「ちょいと机を下げて。」
と、後ろの豊子さんに言いました。 「幸子、下がらんでもいい。さあ、前に出て問題を解いてくれや。あ、早く来い。」
先生にそう言われて、皆定男君のせいだと思ったのです。 「はい。嫌な定男君、熱いわ。」
私は、そう言いながら、横目で定男君を睨みました。定男君は、ストーブの熱で顔を真っ赤にして笑っているのです。私は、とにかく黒板の前に行きました。幾ら考えても、全然分からなかったのです。
「先生、分からない。」 私は、チョークを前に出して先生に言うと、先生は煙草を咥えながら 「もう少し頑張れや。そうだ、定男、お前助けてやれ。」
先生が言うと、定男君は、調子よく返事をしてズケズケと私の側に近寄ってきたのです。 「解るの、定男君。」 「エヘヘ」
定男君は少し私の顔を見てから、頭を掻きながら下を向いてモジモジしていたのです。私は、定男君を見るのも嫌という風に、じっと問題を見つめていました。定男君は、嫌になったのか
「向こうに行っていいか。」 ひそひそと私に話しかけると、ストーブの側に戻っていきました。皆んなが笑っているのです。私は、いい気持ちでした。
私がふと下を見ると、チョーク受けに、それが問題の解答方法だと分かるように、文字や数字が書いてあるのです。私は、それを見て何気なく解答を書きました。先生は、私を大いに褒めてくれたのです。私が席に戻ると、定男君は知らん顔して、ストーブの側に立っていました。
「よーし、次の時間は外で遊びだ。外に出て待っていろ。道を付けておくんだぞ。」
皆んなは、手を叩いて喜びました。私も、何とも言えず、心が明るく弾みました。授業の終わりのベルが鳴って、定男君は許されました。
私は、問題の解答のヒントについて、定男君に何も言わなかったけれど、何か話しかけなくては心すまぬ気持ちになっていたのです。
「石炭、何杯入れたの。熱かったわ。」 「さあね。七、八杯入れたかな。」 とぶっきらぼうに言うと、定男君は飛ぶように廊下に消えていった。
(その一) (その二) (その三)
|