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「三太とお幸」 (その四)

 

        佐 藤 悟 郎

 

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 それからのお幸は、急速に学力が増していきました。三太は定時制四年生になり、お幸は全日制三年生になりました。お幸が成績が良いことから、大学へ進学させることを主人は考えておりました。そんな時、お幸は担任の鮎川先生から教務室に呼ばれたのです。
「君は、とても努力したようだね。地元の大学でも間違いなく合格するだろう。君の父が心配をして、先日尋ねてきたんだ。私は、大丈夫だと答えたんだ。」
お幸は、父が意外にも心配していたことを知ったのです。鮎川先生は、少し間を置いて言いました。
「君の店で働いている三太君のことだ。彼は、定時制の生徒であるが、とても優秀ということは、昨年の面接の時言ったよね。普通科の生徒の中でも、主席になるくらいにな。書店の丁稚奉公なんで、余りにも悲しく、空しいことだ。私が口を出せることではない。彼を思うと、哀れにもなる。」
そう言って、鮎川先生は、暫く俯いてしまったのです。そして顔を上げると、吐き捨てるように言いました。
「彼のことだから、大学に行かなくたってどうにかするだろう。戯れ言を言ってしまった。お父さんには内緒にしてくれ。」
そう言って、担任教師は娘に頭を下げた。お幸は教務室から出ると、三太の将来を考えずにはいられなかったのです。

 時期外れの盆踊りが、商工会主催で山の麓の神社の境内の広場で行わのです。主人の春男は、商工会の役員で、昨年は三太を連れて行きました。三太は、直ぐに踊りを覚え、踊りの輪に入って楽しく踊っていたのです。主人の春男は、踊りの輪に入り踊っていましたが、時々テントの下の商工会役員席に座り酒を飲んでいたのです。盆踊りが終わると、主人の春男は酔っ払ってしまい、三太は主人春男に肩を貸して帰ったのでした。

 盆踊りの日、お幸の母妙は、お幸に言うのでした。
「幸、お前も盆踊りに行きなさい。町の人として覚えなければならないよ。」
お幸は、母に向かって笑っているだけで、返事をしませんでした。お幸の母は、三太にお幸を誘うように頼んだのです。三太は、居間でテレビを見ているお幸に言いました。
「お嬢様、根を詰めてばかりいてはいけません。ご主人様が、神社の境内の盆踊り行くと言っています。お嬢様を誘ってくれとのことです。」
「三太も行くの。」
「はい、昨年もご主人様と行きました。踊ってみたら気が晴れました。」
「三太、踊りを教えてくれる。」
「分かりました。そう難しくはありません。」
「じゃあ行くわ。支度するから、少し待っていてね。」
少し待っていると、お幸は浴衣姿になって、母妙と一緒に居間に戻ってきたのです。
「時間、早いのですが、行きますか。」
三太が言うと、お幸は少し慌てたように
「三太、踊り教えてくれると言ったじゃないの。教えてよ。」
と言ったのです。三太は少し微笑んで
「今、ここでですか。」
すると母の妙が、含み笑いをして言った。
「私も忘れてしまったの。一緒に教えて。」
三太は、大きく頷きました。

 踊りの練習を始めました。最初、お幸と母妙はまごついていました。二度ほど繰り返して、三太の動きについていったのですが、余り上手くいきませんでした。三太は、二人が見る前で、踊りの説明をしました。
「一と、二と、三と、と拍子を数えていきます。十で最初に戻るのです。手を上にかざして左右に二回ずつ、四歩前に進みます。下に左右に、後ろに下がりながら両手を払います。」
そう言って、四歩進み、二歩下がるのを二度ほどやりました。
「そうです、歩くのは、一回の一連の動作で二歩前進することになります。後は継ぎ足しとなります。最初は両足を揃えて中央で手を叩きます。これが一とです。そのままの姿勢で顔の前で両手を合わせ、ハの字を切ります。これが二とです。」
そして三太は、次に四歩手を上にかざして進み、両足を揃えて手を打つ。手前腰の高さで両手をハの字に切り、左右に手を払いながら二歩下り、両足を揃えて手を打つと説明をしました。
 三太は実際に説明をしながら二度ほど踊りました。そしてお幸と母妙は合点したように、踊りました。連続して練習していくうちに間違いなく踊れるようになったのです。
「三太ありがとう。難しくないね。踊ってみて楽しいと思ったわ。」
とお幸は三太に言った。三人は、座卓を囲んで座った。主人春男が来るまで、テレビを見て寛いだ。

 間もなく、主人の春男が姿を見せ、三太とお幸を連れて家を出た。母妙は、留守をすると言って家に残った。神社は海の安全を司る神社、住吉神社でした。境内に着くと、主人の春男は役員席に着き、内輪で顔を煽いでしました。囃子の音が流れ、櫓の周りに輪になって踊り始めました。
 お幸は、三太の後ろで、踊っておりました。途中で、お幸は踊りから抜け出し、高校の仲間のところに行きました。暫く三太は、顔見知りのお客に、挨拶を交わしながら踊っていたのです。主人の春男が踊る姿、そして席に戻って酒を飲むのを見ていました。
 二時間ほどすると、踊りが終り間近になったのです。三太は、お幸の姿を踊りながら捜しましたが、見当たりませんでした。踊りを辞めて、輪から抜け出そうとすると、後ろから
「三太、どうしたの。どこへ行くの。」
と、声が聞こえたのです。後ろを振り向くと、直ぐ後ろで踊っているお幸の姿が見えたのです。
「ああ、いたのですか。姿が見えなかったので、捜しに行こうかと思ったのです。」
三太は、そうお幸に言うと、また踊り始めました。そして盆踊りは終わりました。

 三太とお幸は、主人春男のいる役員席まで行きました。お幸は、酔っている父を睨みながら言ったのです。
「お父さん、酔っ払っているんでしょう。一緒に帰りましょう。」
「そうだな。少し飲み過ぎた。」
春男は、そう言うと、役員達や若衆達に挨拶をして回った。それらの連中は、春男が酒好きだけれど、酒が弱く寝込んでしまうことを知っていたので、別に引き留めなかったのです。
「俺達は、もう少し飲んでから引き上げる。後片付けは俺達がするから。」
若衆の一人が言うのです。春男は、その男に深々とお辞儀をしたのです。
 帰りの道すがら、時々春男は眠たそうな目をしてよろめき、三太の肩に手をかけて歩いた。お幸は、そんな二人の姿を後ろで笑いながら見ていました。


 お幸は、新年も過ぎ、大学受験と向き合っていました。そんな時でも、解らないことがあると三太に問題を尋ねていたのです。三太は、間違いなくそれに答えている。主人は、不思議に思いました。
「大学受験する娘に、勉強を教えている。それ程優秀な男なのだろうか。」
そんな思いが主人の頭に駆け巡っていたのです。そう思った主人春男は、新年会で、顔見知りの高校教師に会ったのです。その時、三太のことを聞きました。
「定時制の三太君、全日制でも評判ですよ。抜群の生徒です。詳しくは言えないが、勿体ないですね。」
そんな答えだったのです。何が勿体ないのか、主人は深く考えることができませんでした。

 

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