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      「英俊と紅蘭」 第三話

                          佐 藤 悟 郎

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 英俊と紅蘭は、都京丘へ行くことにしたのです。龍慧寺の老師に許しを得て、龍慧寺を後にしました。暫く歩いていると、英俊と紅蘭の名前を交互に叫びながら、後から追いかけてくる者がありました。二人は、羅清の声だと直ぐわかり、立ち止まって手を振りました。
「俺も都へ行くことに決めた。将軍になって、盗賊どもを征伐することにした。」
羅清は、二人にそう言いました。三人は、仲良く都に向かって旅をすることにしたのです。

 都京丘を目指して三人は旅をしました。龍慧寺で聞いた話では、早くて二十日はかかる旅だと聞いて  いました。街道を旅すれば、概ね一日歩けば村がある。街道から外れたりすると、村にたどり着くのが困難となり、食べ物を得ることができなくなるだろうと教えられました。三人は街道から外れないように旅をしました。七日が過ぎ、羅清が塞ぎ込む様子が見えたのです。英俊は、羅清に心配そうに言いました。
「羅清、何か元気がなくなった。心配事でもあるのか。」
羅清は、俯いて答えました。
「あの岡は、俺の故郷だ。野盗に襲われ、多くの人が死んだ。俺の父や母、それに妹も死んだ。どうなっているのか見たいと思ったのだ。」
顔を上げた羅清が、指さす岡は街道から遠くに見えたのです。
「父や母、妹を弔ってやりたいと思い悩んでいたのさ。」
英俊は、羅清の肩に手を当てました。
「羅清、行ってみよう。そして弔いをしてこよう。」
英俊は、羅清に励ますように言ってから、紅蘭を見ました。紅蘭は、幾度となく英俊に頷きを見せました。

 次の街道の村まで半日ほどの所から、街道から外れ羅清の故郷への道に入ったのです。日が暮れそうになったので、谷川へ下りて野宿をすることにしました。
「済まない。あと半日で故郷に着く。」
英俊と羅清は、川に入り魚を六匹捕まえると、紅蘭が焚き火をしたところに戻ってきました。木の枝に魚を刺して、焚き火であぶり、強飯で夕食を取りました。近くまで獣が来ているのが分かっていましたが、川原まで近寄ってくる様子はなかったのです。代わる代わりに眠りに着きました。

 翌朝、食事を済ませ、谷川から登って道に出ました。昼近くになって故郷の村に着きました。荒れ果てた家には、雑草や雑木、蔦などが廃屋を覆っていました。村の中程まで行くと、羅清は立ち止まりました。
「ここが俺の家だ。物音がする。獣だろうか。」
三人が羅清の生家の前に立っていると、一人の襤褸を纏った男が出てきました。男は、体の前に大きな布袋を首から提げていました。少し驚いている男に向かって
「何をしているのだ。ここは私の生家だ。」
と、羅清が言ったのです。男は、羅清に深く頭を下げました。
「私は、董韻という旅の僧です。骸が三体ありました。この袋に収めました。供養したいのです。一緒に行きましょう。」
羅清は、僧に近付いて袋の中を覗き、大粒の涙を流しました。

 三人は僧についていくと、森の中の拓けたところに、崩れそうな社がありました。僧は、社の裏まで行くと岩肌に洞窟があって、その前に祠がありました。僧は、手を合わせて何か呪文を唱えておりました。
「この三つの骸が、村の最後のものです。酷いもので、骸は四十七体になりました。骸は、全て洞穴の中に納めております。」
僧は、そう言ってから、羅清を連れて洞穴の中に入っていきました。中には、多くの甕が置いてありました。
「この甕は、私が焼いたものです。大きい甕には、野で骸になっている人が入っております。小さい甕には家の中で骸になっているものを、家ごとに納めております。これが空いている甕です。貴方の手で、納めてやってください。」
僧は羅清に話をして、骸の入った布袋を渡しました。羅清は、顔を涙に濡らしながら骸を甕に収め、手を合わせました。

 旅の僧と英俊等三人は、街道まで一緒に歩きました。街道に出ると旅の僧は、
「私は、哀の都に行きます。」
そう言ってお辞儀をしました。僧が頭を上げると、紅蘭の姿を見て驚いた顔をして、紅蘭にお辞儀をしました。紅蘭が頷いているのを見ると、僧は一瞬微笑みを浮かべ、一礼をして背を向けて別れたのです。

 三人が雲江沿いの道を歩いていると、一人の少年が血相を変えて走ってきました。英俊は少年を呼び止めました。少年は立ち止まり、英俊を見つめたのです。
「血相を変えて、どうしたのだ。」
英俊が尋ねると、少年は口を震わせながら言うのです。
「野盗が村を襲ってきた。将軍様が駆けつけてきて、戦っている。とにかく逃げろと言われて、逃げてきた。」
少年が指差す方を見ると、黒煙が上がっていました。遠くの林の間から、多くの人達が走ってくるのが分かりました。三人は、お互いに目配せをすると、少年を残して黒煙の方に向かって小走りに行きました。

 村に着くと、野盗らしき者が数人倒れていました。更に村の中に入っていくと、村人が何かを囲むように集まっていました。村人を掻き分けて中を見ると、縛られた野盗らしい男が、武将らしい者の前に座っているのが見えました。
「高将軍が、片眼の虎を捕らえた。有り難いことだ。」
村人の囁く声で、縛られて座っている男が、野盗の頭の「片眼の虎」と呼ばれている者だと思いました。
「奴だ、私の村を襲い、村の人を殺したのは。」
羅清は、指差しながら英俊と紅蘭に言ったのです。男は頭を布で巻き、左目を布で覆っていました。英俊と紅蘭も、捕らわれている男を見て、顔を見合わせました。英俊は、小声で紅蘭に言いました。
「私の絵を取り上げた奴だ。」
紅蘭は頷いた。羅清は、高将軍の前に行った。
「この者、以前、私の村を襲い、多くの村人を殺した者だ。恨みを払わせてくれ。」
高将軍は、羅清に言いました。
「この者は村人に渡す。村人の勝手にさせると、先程約束したのだ。」
そう言うと、手の者に言って捕らえた「片眼の虎」と言われた男を、村人に引き渡したのです。村人達は連れ去るでもなく、その場で寄って集って殴り、小さな石や大きな石を投げつけました。片眼の虎は、悲痛な叫び声を最後に、息絶えました。
 英俊は、紅蘭と共に将軍と呼ばれる男の前に立ちました。将軍と呼ばれた男は、盗賊の高顕項だったのです。
「盗賊同士の争いか。」
「お前達に、そう言われても仕方ない。俺は、盗賊は止めた。この地から、盗賊を根絶やしにすることにした。この地は都からも遠く、皇帝の力も及ばない。人々を守り、土地を守ることにしたのだ。今では、将軍と呼ばれるようになった。手下の者には、規律を作り守らせている。」
高顕項の言っていることは、村人の行動から分かりました。別れ際に、高顕項は言いました。
「どうだ、俺と一緒に組まないか。」
三人は断り、京丘に向かって旅を続けたのです。

 都までの道は、まだ遠かったのです。三人は、街道沿いの荒れ果てた村に差しかかりました。田畑は荒れ果て、家は焼き崩れていました。三人は、街道から外れ村の中に入っていきました。人影のない村の家々、村人の横たわる多くの亡骸、盗賊に襲われたものと思いました。手荒な荒らし方を見て、高顕項が言っているように、まだ多くの盗賊集団がいることを感じたのです。
 夜が訪れると、村には死霊が飛び交っていました。襤褸を纏い痩せ細った死霊は、窪んだ目だけが薄らと光っていました。死霊は三人に気付かないかのように、夢遊病者のように山の方に向かっていきました。三人は、目配せをして死霊が向かう後を追いました。うっそうとする森を通り抜け、大きな岩のある前の開けた広場に出ました。そこには五十近い死霊が集まり、岩に向かって揺れ動いていました。不思議なことに、岩の前には多くの武人が立っていたのです。武人に囲まれるように、中心に襤褸を纏った僧が立っていました。雲が切れて、月明かりが差した時、三人は驚きを隠せませんでした。

 武人の中央付近には、高顕項が死霊を見据えるように立っていたのです。襤褸を纏った僧は、紛れもなく羅清の生まれた村で会った、董韻という僧でした。側には、幾つもの素焼きの甕が用意されていました。
「今日は、私の慰めの経を始めて三日目である。今日の経を聞けば、皆迷いがなくなり、死の国へ行くことができる。死の国に行けば、幸せが待っている。」
そう董韻が述べた後、経を唱え始めました。経は長く続き、進むにつれて死霊達のざわめきは収まっていったのです。そして死霊の影が、ボツ、ボツと消えていきました。死霊の影が全て消えて、三人は董韻と高顕項の前に行ったのです。

 高顕項は、英俊に向かって言った。
「この村は、山猫という盗賊集団に襲われた。山猫は、山の頂近くに棲み家を作っている。大きな集団であるが、この村の弔いが終わったら、征伐に行く。」
英俊は、高顕項の話を聞き、紅蘭と羅清に顔を向けた。紅蘭と羅清は、頷きを見せた。
「分かった。私達も一緒に加わろう。ところで、董韻は、哀京に向かわれたのではないか。」
英俊の問いかけに、董韻は恭しく一礼した後
「哀京に向かって間もなく、旅の者に、この村に死霊が出るという話を聞いたのです。死霊となる者は、無惨な死に方をしたからです。急ぎ慰めなければと思い、昼夜、急ぎ歩き参りました。」
更に、董韻は高顕項の方に振り返った後
「村に着きますと、高将軍様がおられ、甕を作られておりました。いたく感心しまして、死霊を慰めることを願い出たのです。」
董韻の話を聞いた英俊は、高顕項を見ました。そして高顕項が、信頼のおける者だと思いました。

 夜が明けるまで休息をとり、高顕項の手下は、朝から董韻の指図に従い、骸を集め甕の中に納めました。英俊は、董韻が多くの死霊を慰めたこと、骸のあり場所を的確に指図しているのを見て、不思議な僧だと思いました。骸を全て甕に収め、岡の社の祠に入れました。

 高顕項は、手下を集め、戦闘装備を付けさせました。英俊、紅蘭、羅清に馬を宛がいました。
「山猫のありか、承知しているのか。」
馬に乗った英俊は、高顕項に尋ねた。高顕項は、遠くに見える山を指さしました。
「あの岩肌の山が見えるだろう。あの崖の麓に砦を構えている。この地の野盗の殆どを束ねている。山猫の手の者は、兵のように精強で、他の野盗は山猫を怖れている。手の者の数は、こちらの数よりも多いと思っている。」
高顕項は、英俊を見つめました。英俊の瞳は輝いて、物怖じする様子は微塵も見られなかったのです。
「山猫は、善良の民を襲う。とにかくこの地を混乱させるために、ただそれだけが目的なのだ。大方、どこかの権力者が関与していると思っている。いずれにしても、民に害をなす者は、殲滅する。」
と言いました。英俊は、右手を上げて、了解した素振りを見せた。高顕項は、紅蘭と羅清に目を向けると、二人が右手を上げたのを見て、幾度も頷きました。

 高顕項は、英俊等と相談し行動をしました。山猫に気付かれないように、人の通らない森の中を通っていきました。移動の途中で、山をよく知っている若者に案内させて、山猫の砦に向かって進みました。砦に近付くと、森の中で止まり高顕項、英俊等が砦の動きを見ました。
 
 砦には門があり、門番が配置されていました。門からは下の街道に向かって比較的大きな道がありました。その道には、農産物を運ぶ民の姿が、武人、あるいは野盗らしい者の出入りも見えたのです。
 砦から逃げたものを捉え、中の様子を聞きました。山猫の下には、百人ほどの手下がおり、武人まがいの屈強の者ばかりだと言いました。山猫の首領は、人間と思えないほど武力に優れており、それがために他の野盗は彼に従っているのだとも言っておりました。村に要求を突きつけ、従わないと皆殺しにし、砦から出る時は、五十人ほどの集団で出かけるという。
 五十人ほどの集団が門から出たのを機に、高顕項はその集団を襲うと共に、砦の門を確保した。集団の抵抗は、それ程強いものではなかった。砦の奥に行くと、高顕項の手の者が斬られ、あるいは押し返された。十人ほどの山猫の手下を従え、首領が進んできた。高顕項等が、向かい合いました。
「久しぶりだな、董韻、お前が何故いるのだ。」
「黄龍、お前達が殺した民を慰めるためにいる。お前は、懲りずに民を殺している。黄龍、お前を滅ぼさなければならない。」
董韻が立ち向かったが、黄龍の剣裁きに翻弄され、倒されて黄龍が剣を打ち下ろそうとした時、紅蘭が剣を延べて黄龍を跳ね返したのです。
「女子のくせに、小生意気な。」
黄龍は、剣を中央にして構え直すと、紅蘭を見つめたのです。紅蘭は、無構えの姿勢で立っていました。紅蘭の顔を見つめた黄龍の顔に、次第に驚きと恐怖が走ったのです。
「まさか、そんなはずはない。」
黄龍は、凄まじい勢いで紅蘭に襲いかかったのです。紅蘭は、軽く身をかわし素早く振り上げた剣を、黄龍の頸筋めがけて切り落としました。黄龍は、首から血を吹き出し地面に倒れ息絶えました。
 黄龍が倒れると、他の者達は剣を捨てました。高顕項は、不思議そうに紅蘭を見つめました。董韻は、紅蘭に向かって頭を下げていたのです。
 高顕項は、山猫の砦を焼き払い、無抵抗になった山猫の手下を従えて山から下りました。そして生まれ故郷まで行くと、英俊等と別れたのです。
「英俊、随分世話になった。俺は、ここに館を作り、この地を治めたいと思っている。野盗のいない、豊かで、幸せの地としたいと思っている。」
別れ際に、高顕項は英俊等に言いました。

 

 

「英俊と紅蘭」
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